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木を見る西洋人 森を見る東洋人

思考の違いはいかにして生まれるか

木を見る西洋人 森を見る東洋人
木を見る西洋人 森を見る東洋人
著者:
 リチャード・E・ニスベット
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2004/6/4

Amazon商品の説明より

『木を見る西洋人森を見る東洋人』


なぜ世界観がこんなにも違うのか? 文化によって世界観が変わっても、人間がものを考えるために用いる道具は同じだと誰もが思っている。肌の色や国籍、宗教が違っても、ものごとを知覚したり、記憶したり、推論したりするために用いる道具は同じ。論理的に正しい文章は、日本語であれ英語であれヒンズー語であれ、正しいことに変わりはない。同じ絵を見ている中国人とアメリカ人がいれば、彼らの脳裏に映る画像は当然同じもの、これらはみな誰もが知っていることである。 だが、もし、すべてが間違っているとしたら? 本書は、東洋人と西洋人のものの見方・考え方が文化によっていかに違うのか、なぜ違うのかを科学的に解明し、サイエンティフィック・アメリカン誌、ニューヨーク・タイムズ紙、ウォールストリート・ジャーナル紙が絶賛した第一級の書である。

目次

日本語版への序文 東洋と西洋の考え方に優劣はない
序章世界に対する見方はひとつではない
「普遍性」への疑い
認知科学者は間違っていた?
思考に関わる謎
本書の概略
西洋人・東洋(東アジア)人の定義
第1章古代ギリシア人と中国人は世界をどう捉えたか
自分の人生を自分で選択したままに生きる―主体性の観念
世の中から切り離された私は存在しない―調和の観念
抽象的な「本質」の重視
不変不動の世界
人間万事塞翁が馬
真実は双方にある
連続体としての世界
自然の発見から科学の発明へ
万物は関連している
「矛盾」への関心
中庸を導く弁証法
第2章思考の違いが生まれた社会的背景
アリストテレスと孔子を産んだ社会
生態環境から認知にいたる流れ
知の進歩はいかにして起こったか
場依存性
導かれる予測
第3章西洋的な自己と東洋的な自己
一般論の限界
東洋の自己と人間関係
相手が変われば自分も変わる
対照的な自分への評価
相互独立、相互協調
IBMの調査からわかったこと
二者択一では語れない
変化する視点
不思議な選択
討論の伝統をもたない人々
「選び」か、「合わせ」か―交渉のスタイル
異なる価値観
第4章目に映る世界のかたち
包括的に見るか、分析的に見るか
原子論的なエピソード
大陸の知の歴史と「ビッグ・ピクチャー」
世界を知覚する
「トンネルのような視野」
環境への注意
世界を制御する
コントロール幻想
安定か、変化か
未来の姿をどう見るか
第5章原因推測の研究から得られた証拠
個人の属性か、周囲の状況か
行動の原因をどこに求めるか
勝利や敗北の理由
アイデンティティと原因推測
性格は変えられるか
性格特性の共通性
属性だけに着目する誤り
因果モデルをつくる
後知恵を避ける
西洋人は単純さを好み、東洋人は複雑さを仮定する
第6章世界は名詞の集まりか、動詞の集まりか
古代中国人の関心
現代人の思考における「カテゴリー」対「関係」
規則にもとづく分類
カテゴリーと議論の説得力
対象物の世界で育つか、関係の世界で育つか
属性、安定、カテゴリー
西洋の知の歴史と二分法
それは言語のなせるわざか
言語構造の違いと思考プロセス
第7章東洋人が論理を重視してこなかった理由
論理がたどってきた運命
論理か、経験か
論理と望ましさのどちらをとるか
「どちらか」対「どちらも」
弁証法的な解、非弁証法的な解
対立的な命題への対処
信念を正当化する原理
インチキ話
相反する感情
「非論理的」な東洋人が数学を得意とする理由
第8章思考の本質が世界共通でないとしたら
西洋人データの限界
この違いは重要な問題なのか
文化相対主義を超える
西洋の思考の習慣
東洋の思考の習慣
教育と検査の方法
どの文化に対しても公正な検査は可能か
エピローグ われわれはどこへ向かうのか
認知の違いはなくなるか
東洋人の価値観は西洋化する?
価値観は多極化を続ける?
世界が収束へ向かうもうひとつの可能性
 
謝辞
訳者あとがき
注記
引用文献
索引

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