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不可解な消費者行動シリーズ

不可解な消費者行動シリーズ

第3回 ほとんど何も考えていない消費者たち

2008 年 12 月 15 日

日本ほど、何を買ってもポイントがつく国はない。日本はポイント天国だ。

 ただし、消費者にとっての天国という意味で、企業にとっては地獄だろう。いまのポイント・プログラムは多くの企業にとっては利益を圧迫するだけで顧客の囲い込みにはほとんど役にたっていない。そう思っていたら、やっと、最近になって、ポイント・プログラムを見直す動きも出てきたようだ。

 でも、ポイントプログラムについて書きたかったわけではない。ポイントをつかった実験を紹介したかっただけだ。

 2004年にロスアンゼルスの洗車サービス店での実験で、ポイントカード会員は8ポイントためると無料で洗車サービスが受けられる。この基本インセンティブを異なる2つのオファーで提供した。

1. ポイントカードA・・・・8ポイントためれば洗車一回無料。
2. ポイントカードB・・・・10ポイントためると洗車一回無料。ただし、入会記念として、最初に2ポイントを無料で提供。

結果: 

1. カードAの顧客の19%が継続して洗車サービスを利用し、8ポイントためて無料サービスを受けた。
2. カードBの顧客は34%が継続して10ポイントため無料サービスを受けた。それだけではない。カードB顧客の来店間隔日数は、平均して、カードAより2.9日短かった。そのため、早く目標ポイント数を達成することができた。

 カードAもカードBも条件(オファー)の実質的内容はまったく同じだ。なのに、人間の行動は、オファーや広告コピーの表現の仕方によって大きく影響される。こういった人間の不可思議な行動を、心理学者で行動経済学者でもあるトヴェルスキーとカーネマンは、論文「決定のフレーミングと選択の心理」で取り上げた。

 問題、質問、広告コピー、オファーなどがどう表現されるかは、意思決定にとっての基準枠(フレーム)となる。各選択肢がどうフレームされるかによって、(その価値に変わりはないのに)まるで価値に明らかな違いがあるかのように判断や選択に大きな影響を与える。1981年に発表された論文では、この現象は、「フレーミング効果」と名づけられた。

 「そんなこと、おえらい学者さんたちがこむづかしい論文を書くずっと前にわかっていた。自分たちは、きちんとテストで証明してたさ」

 そううそぶくのは、伝統的通信販売会社のひとたちだろう。

 一個1000円の商品を広告で売るときに、たとえば、3通りの表現の仕方ができる。

1. 半額!
2. 1個買えば一個おまけ!
3. 50%引き!

 どの広告コピーが一番高い注文率を獲得するかテストもできる。たとえば、顧客リスト20万名から無作為に5000名ずつ3つのサンプルを選び、それぞれにダイレクトメールを出してみる。内容はまったく同じ。ただし、上記のオファー・コピーだけ異なっている。そして、どのオファーのDMを受け取ったサンプル・グループが一番注文率が高いかを調べ、顧客に購買を促すのにもっとも威力を発揮したオファー表現を見つける。そして、そのオファーを使ったDMを残りの18万5000人の顧客に出せば、もっとも高い注文数と売上を達成することができる。

 伝統的通信販売は、100年も前から、こういったテストを積み重ねてきている。アカデミックな論文のように、仮定のストーリーに基づいて被験者に質問するような机上の実験ではない。電話やネットで「注文する」という行動を起こしてもらうテストだ。通販会社が自分たちのテスト結果をまとめて権威あるジャーナルに投稿していたら、ダニエル・カーネマンに代わってノーベル経済学賞をもらえていたかもしれない。

 残念至極。

 でも、話しを戻します。

 論文「決定のフレーミングと選択の心理」に紹介されていた実験で一番有名な「アジアの病気」の場合・・・・「アメリカ政府は600人は死ぬと予測される病気の対策として2つのプログラムを計画しているが、あなたはどのプログラムを選択しますか?」と質問する。このとき、「400人は死ぬ」という否定的表現を使うのと、「200人は助かる」という肯定的表現を使うのとでは、まったく同じことを言っているのにかかわらず、被験者の選択行動は異るものになった。

 フレームの仕方次第で、政府は自分たちが好むプログラムを国民が採用するように仕向けることができる。同様に、(質問の仕方を変えれば)消費者調査結果もマーケティング担当者が望むようなものに変えることができる。そして、コピー表現を考えれば、広告への反応率さえ高めることができる。

 人間心理を、ひいては人間の行動を操作するのは、かくも簡単なことなのだ。

 人間って、なぜ、こんなにも、おバカになれるのか? 原因はどこにあるのか?

 意思決定をする被験者の頭のなかをfMRI(機能的MRI)でチェックし、フレーミング効果が脳のどの部位にどういった影響を与えているか調べた実験がある(以下の文章は、「ブランドと記憶と感情シリーズ第1回と第6回」を参照した上で読んでください)。

 英国ロンドン大学における実験で、頭にfMRIをつけた20人の大学・大学院生の前方スクリーンに、最初に50ポンドという金額が提示される。ついで、2つの選択肢が提示され、どちらかを選ぶように指示される。

1. 選択肢1・・・確実に手にはいる金額が2つのフレームで提示される。フレームA 「最初の50ポンドから20ポンドを持ち続ける」、フレームB「最初の50ポンドから30ポンド失う」。(どちらのフレームの場合も手元に残る金額は20ポンド)
2. 選択肢2・・・ギャンブルしてお金を増やすことができる。ただし、すべてを失う場合もある。勝率は40%。(つまり、手元に残る金額はこの選択肢の場合も20ポンドということになる)

 実験後、被験者たちは、どちらの選択肢も結果として手元に残る金額は同じだとすぐに気がついたと語っている。しかし、実際には、選択肢1がフレームAで提示されたときには、被験者はフレーミング効果でリスク回避的になり、選択肢2のギャンブルを選んだのは43%だった。反対に、選択肢1がフレームBで提示されたときには、リスク追求的になり、62%が選択肢2のギャンブルを選択した。

 感情をつかさどる古い脳の扁桃体の神経細胞は、安全確実な選択肢1を選んだり、フレームBが出たときに選択肢2のギャンブルを選ぶときに強く活性化した。しかし、選択肢2のギャンブルを選んだり、フレームBが出ても、そのフレームの影響を受けずに選択肢1を選んだときには、それほど活性化しなかった。つまり、無意識の感情(情動)が、被験者に20ドルを確実に保持するか、「30ドル失うくらいならギャンブルをしろ」と、直感的でヒューリスティックな行動を促している・・・という事実が明らかになったのだ。

 フレーミングの影響を受けやすいかどうかは、被験者の大脳新皮質の前頭前野、つまり、高等動物ほど高度に発達している論理的思考をする部位の活性化の度合いによることもわかった。フレームBが出ているのにもかかわらず選択肢1を選んだり、フレームAが出ているのにもかかわらず選択肢2を選んだりする・・・・つまり損失を回避しようとする人間の本能的な行動に反する行動をとっている被験者の前頭前野は強く活性化していたのだ。

 論理的に考え行動している被験者も感情に従って行動している被験者も、扁桃体の活性化レベルに変わりはなかった。だから、前頭前野の活動が感情をコントロールできているかどうかが、フレーミングの影響を受けやすいかどうかの違いとなる・・・実験チームはこう結論づけている。

 簡単にいえば、感情をつかさどる扁桃体の活動レベルは、ひとによってそれほどの違いは見られない。だが、論理的思考をつかさどる前頭前野の活動レベルには違いがあり、ここでの活動が感情をコントロールできていれば、フレーミングの影響を受けにくいということだ。

 つまり、「理性的傾向の高い消費者」とか「感情的傾向の高い消費者(実験結果に基づけば、理性が感情をコントロールできていない消費者と描写したほうが適切だ)」は実際に存在するわけで、自社顧客をこういった要素で分類できるかどうかは、マーケティング上重要なことだ。そして、最近では、こういったセグメンテーションを試みる例も多く見られるようになってきている。

(不可解な消費者行動シリーズ第4回に続く・・・・・・)

参考文献: 1.Joseph, C. Nunes and Zavier Dreze, Your Loyalty Program Is Betraying You, Harvard Business Review April 2006, 2.Benedetto De Martino, et al, Frames, Biases, and Rational Decision-Makin in the Human Brain, Science 4 August 2006, 3.Greg Miller, The Emotional Brain Weighs Its Options, Science 4 August 2006

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