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不可解な消費者行動シリーズ

不可解な消費者行動シリーズ

第4回 ダイエットできない消費者たち

2008 年 12 月 22 日


Cc: Photograph by bensonkua

 「私、ダイエット始めるわ!
         ―明日からね」
        都内20代女性のことば


メタボが心配で体重を減らしたくても、目の前にアイスクリームが出てくるとつい手が出てしまう。肺ガンがこわくて明日から禁煙しようと決心したのが三年前。でも、「明日」は際限なくやってくるので、タバコは止められないままズルズル今日に至っている。未来のためにCO2の量をへらさなくては・・・とわかってはいても、いまの経済成長のために削減同意ができない各国代表者たち。

これらはすべて、異時点間の選択(Intertemporal Choice)の問題として考えることができる。

何を選択するか決定する時点と、その決定がもたらす結果が出る時点が数ヵ月後から数年、地球温暖化の問題の場合には数十年から数百年も離れている場合、人間は、目先の誘惑に逆らえなかったり、あるいは、現在の利得を優先したりする。

ハトが・・・。ハトポッポのハトです。

そのハトを使った実験では、11秒後にもらえる3個のエサと20秒後にもらえる8個のエサとは、ハトポッポへの報酬としての影響力は同等であることが証明されている。人間もハトと同じだ。いま5000円もらえる有り難さに比べたら、6ヵ月後に5000円もらえる有り難さは半分以下だろう。1年後の5000円の価値はほとんどゼロに等しい・・・こういった実験結果のいくつかは、ネットでも発表されているので見ることができる。

未来の報酬の価値は、手に入るのが先になればなるほど、現在の報酬の価値より減少すると感じられる。どのくらい割合で減少するかは、経済学で長い間議論されてきた問題だ。

最初は割引率は年月に関係なく一定だとされていた(指数型割引 Exponential Discount Function)。だが、動物実験でも、そして、また、人間を使った実験でも、減少する率は近い未来では大きく、遠くなればなるほど小さくなることが証明されている(双曲型割引 Hyperbolic Discount Function)。たとえば、1ヶ月後に2万円もらえることになっているが、減額すれば、いますぐ受け取れる。その場合、「いまもらえるのなら1万円でもOK」という受取人がいるとしよう。この受取人が一ヵ月後の2万円に対して現在感じる価値は、半減して1万円だということだ。それなら、2ヵ月後にもらえる2万円の場合は5000円、3ヵ月後にもらえる2万円の場合は2500円・・・と同じ割合で現在価値が減少していく・・・というわけではない。減少の割合は最初は急激でも、それ以降なだらかな減り方をするようになるのが一般的だろう。

いますぐ報酬を受け取ることと将来に報酬を得ることを辛抱強く待つこと、どちらが得かを判断するときに、動物も人間も、時間割引をする。だが、その割引率は、どのくらい遠い未来かとかどのくらいの報酬なのか・・・によっても異なってくるから単純ではない。動物も人間も異時点間の選択をするときには迷い葛藤するのだ。

ちょっと待て!

話が途中ですりかわってないかぁ? ダイエットや禁煙が続けられない問題を話すんじゃなかったのか? 地球温暖化問題とハトのエサの価値が時間とともに減少することとは関係ないだろう。人間が5000円をいますぐもらうのと、一ヵ月後にもらえるのとでは、有り難さが違ってくる・・・・って話も、ダイエットや禁煙の問題とは次元が違うだろーが。

おっしゃるとおり。

ダイエットや禁煙や地球温暖化問題における「現在の幸せか未来の幸せか?」の究極の選択は、ハトのエサが「いまの3個か20秒後の11個か?」という問題とはレベルが違う。いまのケーキと半年後の自分の魅力的なボディー、いまのタバコと数十年後の健康な肺、あるいは、いまの「快適な冷房温度」と百年後の「美しい地球」とを天秤にかけるのとはまるで違う問題だ。

ハトには、異なる種類の報酬のそれぞれの価値を比較するなんて芸当はできないだろう。また、未来といっても、せいぜいいって秒単位かもしれない。

人間は、動物、そして人間に近い類人猿とも異なり、数年あるいは数十年間にまたがるコストと利益とを天秤にかけることができる。それは、将来もたらされる結果について想像することができ、それに関心をもつことができるからだ。人間のそういった能力は、人類においてもっとも発達しており、頭のサイズに不釣合なまでの大きさを持っている大脳新皮質の前頭前野に関係がある・・・・といわれている。

ちなみに、高度な情報分析・処理機能を果たしてる前頭前野は、人では大脳の30%を占めるまで発達しているが、サルでは12%、チンパンジーでは17%、ネコや犬では数%しかないそうだ。

人間は、他の動物とは異なり、前頭前野のおかげで、長い年月にまたがる意思決定ができる・・・・と考える行動経済学者たちがいる。とくに、ニューロサイエンス(神経科学)の研究手法を積極的に採用する神経経済学分野では興味深い実験結果が発表されている。(次の実験を読む前に、「ブランドと感情と記憶シリーズ第1回」を参照してみてください。そして、人間は論理的思考をつかさどる前頭前野と情動や直感に関係する大脳辺縁系との協力なしには、簡単な意思決定すらできないことを思い出してください)

「異時点間の選択」をする実験において、被験者の脳を機能的MRIでスキャンしてみる。いますぐに20ドルの金を受け取るのと、一ヵ月後に23ドル受け取るのと、どちらかを選択しなければいけない場合、被験者の前頭前野も大脳辺縁系も両方とも活性化する。次に、20ドルを二週間後、23ドルを一ヵ月後に受け取るということで、どちらの選択肢も現在ではなく将来起こる設定にする。すると、大脳辺縁系は関心をなくして活性化しなくなる。しかし、前頭前野の神経細胞は、数時間後あるいは数ヵ月後の設定でも、活性度に変わりはなかった。

論理的思考をする前頭前野の神経細胞は、現在/将来、どちらの意思決定においても活性化する。しかし、大脳辺縁系にある報酬系は、すぐに金を受け取る選択をするときだけ活性化する(報酬系は人間がおいしいものを食べたり、お金を手に入れたり、その他、セックスやドラッグといった報酬を得ているときにドーパミンを放出して快感を感じるシステムになっている)。一ヵ月後か、あるいは、いますぐに受け取るかの選択をする場合は、前頭前野と報酬系と二つの領域の活性化の強さの度合いが最終的に何を選ぶかを決める。

つまり、論理的思考をする前頭前野がより活性化しているときは、「忍耐強く待って、より価値が高いと(感じる)報酬を得ること」を選択し、両システムが同程度活性化しているときは、一般的に、大脳辺縁系が勝つ。つまり、いまの誘惑が分別に勝利するのだ。

人間には、2つのシステムがある。

1. 現在も将来も同等にみなすことができ、遠い将来を想像しそれに関心をもつことができる前頭前野システム。
2. 将来を大きく割り引く現在志向の大脳辺縁系システム

この二つのシステムの相互作用によって意思決定がされる。目の前のアイスクリームの誘惑に負けやすいのは、ダイエット計画を掲げる理性的システムに大脳辺縁系システムの現在志向が勝つからだ。何が起こるかわからない将来のリスクにかけるよりは、いまのアイスクリームを食べたほうがよいと、進化の歴史に鍛えられた直感や本能が強く働きかけるのだ。

遠い未来ほど割引率が小さくなる双曲型割引は、2つのシステムが将来に対して異なる観点をもっていることからもたらされる。そして、前頭前野はより辛抱強い選択を実行するのに重要な役割を果たしているのではないかと推測されている。

ウソォ~!!

それじゃあ、禁煙できない、あるいはダイエットできないボクやアタシは、原始人みたいじゃん。高度な精神活動をする前頭前野が弱いってことでしょう? どっちかいうと感情や直感や本能だけで動いているバカってことじゃん!!

ご安心を・・。神経経済学のこういった考え方には反論もあります。

(でも、私は、けっこう正しいと思ってるけどね。それに、誘惑に負けやすいのは人間のサガでしょう。日本国を創った神様だって、黄泉の国から亡くなった妻を連れ戻そうとして、「決して振り返ってはいけません」と言われたのに、つい振り返ってしまい妻奪回に失敗している。「決して見てはいけません」といわれたのに覗いてしまい、貴重な機織り職人を失ってしまった「鶴の恩返し」の民話もあるし・・・。スミマセン。ちっともなぐさめになってませんね)。

さて、重要なことは、こういった人間の(消費者の)行動傾向がマーケティングにどういった意味をもつのか? ・・・ということです。

たとえば、ポイントプログラムである程度ポイントを集めると景品に交換できるタイプの販促がある。このとき、たくさんのポイントを集めなくては景品に交換できないものだと、その景品がいくら豪華なものでも、「将来を大きく割引く消費者」には、インセンティブにはならない。

ダイエット関連商品で、すぐにでも簡単にやせるようなイメージを与える広告が多いのは、そうしなければ、大脳辺縁系にアピールできないからだ。「これを食べれば2年かかって健康的に10kgやせる」・・・なんて主張するダイエット食品など売れっこないでしょう。もちろん、時間的に長く感じさせない方法もあります。シリーズ第3回で出てきたフレーミング効果を使うのです。たとえば、「1年かかって10kgやせます」という広告コピーよりは「2009年12月25日のクリスマスまでに10kgやせます」のほうが、本当に実現できるような心理にさせ、期間の長さへの関心が薄れます。

自制心の少ない消費者が誘惑に負けないような商品をつくりあげる例もあります。フィリピンの銀行は、お金をためたいけれども、ポケットにあるお金をつい使ってしまう「その日暮らし」になりやすい労働者階級のひとたちのための金融商品をつくった。1)ブタの貯金箱のようなカワユイ小型金庫を顧客は買う(金額はわずかなものですが、買うことによって、その金庫を大切に取り扱う心理になる)。2)金庫の鍵は銀行が保管する。3)預金者は一定額になるまでは預金を引き出せなという契約書を作成する。4)預金者は貯金箱を時々銀行にもっていき、銀行は取り出した金を口座に入金する。この金融商品は、手元にお金があればついつい使ってしまうひとたちに好評で、テストグループでは、12ヵ月後に貯金額が337%も増大したそうです。

参考文献:1.Gregory S. Berns, et al, Intertemporal Choice-Toward an Integrative Framework, www.sciencedirect. com, 11/5/07,2. Craig Lambert,The Marketplace of Perceptions -Behavioral economics explains why we procrastinate, buty, borrow, and grab chocolate on the spur of the moment, Harvard Magazine Mar-Apr 2006, 3, Nava Ashraf, et. al., SEED: A Commitment Savings Product in the Philippines,.12/9/04,4.心理学辞典、有斐閣

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