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不可解な消費者行動シリーズ

不可解な消費者行動シリーズ

第6回 直感に頼る経営者たち

2009 年 1 月 5 日


Cc: Photograph by foundphotoslj
経営者
「またいい事業を思いついたぞ!
 今回はおまえがやれ!失敗するな。」

部下A
「はい…。(また思いつきかぁ…)」

     ―とあるオフィスの風景

「不可解な消費者行動シリーズ」では、消費者は感情優位の生き物で、合理的に考えなくて、将来を想像する能力もなく、その他大勢の意見に「赤信号、みんなで渡ればコワクない」式に従う。おバカでアホでノータリン・・・・って、まあ、そこまでは言ってませんが、かなりそれに近いことは書いてきました。

だが、賢明なる読者諸君はすでにおわかりになっているように、消費者=人間であり、人間=経営者でもある。

 企業の意思決定者たちは、消費者と同じ人間として、100%理性的かつ合理的な意思決定をすることはできないのだ。それどころか、1)過去の成功体験が忘れられず時代も環境も変化したにもかわらず同じ経営戦略に固執する、2)会社を大きくして一流財界人になりたい、あるいは社内で出世したいという個人的野心で案件を判断する、3)流行の経営戦略を自社固有の事情に関係なくすぐに採用したがる、4)リスクを取って失敗したくないのでただひたすら現状維持に努める・・・等々。それから、息子を次期社長にしたいとか、自分だけは例外で老害はないと思い込んで定年退職せず晩年を汚す「かつては非常に優秀で尊敬された経営者」という実例もよくみられます。

 ったく! こんなおバカな管理職に仕えるなんて、やんなっちゃう!

 自分の上司の感情優位で非合理的な意思決定に「アッタマにきている」皆様がた、深くご同情申し上げます。

 そして、「他人はどうだか知らないが、自分はいつもすべての情報を分析したうえで理性的な意思決定をしている」と思い込んでいる管理職のみなさま。安心していてはいけません。上の例のようにひどくはなくても、あなただって無意識のうちにヒューリスティックな判断を下しているのです。

 意思決定プロセス理論への貢献で1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、「今日の複雑な世界においては、合理的な意思決定をするために必要な情報すべてを獲得し分析することは不可能だし、そういった熟考にかけるコストも高い」。よって、最善とか最適とはいえないが、満足を感じることはできる決定を下すことでよしとする・・・と合理的であろうとする意図はあってもその合理性には限界があるという「限定合理性」の考え方を提唱した。

 サイモンは、意志決定者は最適化のルールに従うよりも、ヒューリスティックを採用していることのほうが多いとも語っている(シリーズ第1回参照)。つまり、直感とか勘と呼ばれるものに頼っているのだ(少し古いですが2002年にフォーチュン1000社の経営者を対象とした調査では、601人の経営者のうち45%が直感に頼って意思決定をしていると答えています)。

 管理職が直感を使って意思決定することに対しては、賛成と反対、まったく異なる2つの意見があります。

賛成意見・・・「直感はひらめきとも言われる。そのひらめきによって新事業を起こして成功した例はたくさんある。ソニーの当時の盛田会長は市場調査が否定的だったにもかかわらず、自分の直感を信じてウォークマンの発売を決めた。ヤマト運輸の小倉社長(当時)は、法人相手の運送業から個人相手の小口配送に移ろうとしたとき、採算が合うはずがないと周囲から大反対された。初日の注文はわずか11個だったという。でも、小倉社長は自分の直感を信じたんだ」

反対意見・・・「直感によって失敗することもある。マスコミは成功例だけを取り上げるけど、ユニクロ・ブランドを創った柳井会長も、有機食品事業からは撤退したし買収した靴ビジネスもうまくいっていない。エジソンだって電球の発明に成功する前に一万回も実験に失敗してるんだぜ。経営者のなかには、ひらめきで一度成功すると、自分は直感が働く特別な人間だと思い込む者も多い。だが、直感が当たるかどうは運であり、何度も幸運が続くことはない。だから、優秀な経営者が晩年になって大きな判断ミスを犯すことになるんだ」

賛成意見・・・「意思決定の権威者ハーバート・サイモンは、人間は、経験を経ることにより、大量の情報を記憶として貯蔵し簡単に検索できるようになると言っているよ。たとえば、チェスの名人は、盤の上にコマを並べる約5万通りのパターンを記憶していて随時思い出すことができる。だから、対戦相手の動きによって、次の手を考えることができるんだ。優秀な経営者も同じさ。豊富な経験や知識に基づいて、無意識のうちに、有効な次の一手を思いつくことができる。これが直感さ」

反対意見・・・「まさに、そのパターンが問題なのだ。人間の脳はパターンを見たがる傾向があるんだ。新しい現象に出会うと、脳が、それを自分の記憶に保存されているパターンのひとつに当てはめようとする。自分の過去の情報に基づいて現在を理解しようとするんだ。そういった無意識の願望が非常に強いために、実際にはまったく新しい現象なのに、そこにも自分が見慣れたパターンを見ようとしてしまう。まったく新しい現象に既存のパターンをあてはめようとすることが、革新的ビジネスを導くとは思えないね」

賛成意見・・・「OXOX」

 賛成論者が言葉につまるのをみて反対論者は勢いづいた・・・「そもそも、直感は、人間の進化の過程において、生存に必要なものとして育成されたんだ。たとえば、歩いていたら恐竜が突然姿を現す。右方向は森、左方向は川、背側は断崖絶壁。さあ、どっちに逃げる!? そんなとき、森と川の長所、短所を比較分析なぞしている時間はない。過去の経験、他人から聞いた知識、そういったものに基づいて瞬時に無意識のうちに意思決定する。直感は、複雑なことを査定するものではなくて、それを無視して、生きるために逃げる手段なのだ。因果関係が線型になっていないビジネスの世界で、既存パターンをあてはめようとしても役に立たない」

 直感への反対論者のダメ押しはかなり強烈です。

 チェスの名人が5万通りのパターンを記憶保存しているという話で思い出しましたが、日本においても、プロ将棋士の直感の仕組みを解明するために理化学研究所と富士通が共同研究を始めたそうです。日経新聞(10/14/07)によると、プロ棋士の直感は、幼いころから数え切れない対局をとおして鍛え上げられたもの。四-五段の棋士にコマの位置を記憶してもらう実験では、わずか0.1秒盤面を見るだけで、90%以上正答できたそうだ。また、コンピュータの将棋ソフトウェアはコマの損得などを数値化して形勢の優劣を判断しているが、人間の場合、羽生善治王座によると「数値化しているとは思えない」そうだ。現在、fMRIで直感が働いているところの場所を特定する調査にかかっているという。

 ビジネスマンだって、将棋士のように経験や学習の積み重ねで無意識のうちにパターンを検索できるほどになっているひとは、直感に頼って意思決定するのもいい。でも、問題は、そのレベルに到達していない管理職が、論理的・分析的思考も経ないで、ヒューリスティックに決定をくだしていることだ。 

 自分はそんなことはしていないって? 

 さあ、どうだか・・。無意識のうちにしているかもしれませんよ。

 だいたいにおいて、企業のエリート管理職にとって、自分の頭のなかに「無意識」なるものが存在すること自体が信じられないことだろう。でも、存在するんです。もし、自分の脳が常時している情報処理すべてを意識することができたら、私たちはパニック状態に陥ることでしょう。多くの科学者は、人間は自分が考えたり感じたりしていることのわずか5%しか意識していないと主張している。消費者調査シリーズ第3回で書いたように、人間は、言葉では考えていない。自分が考えていることを自分自身が知るためには言葉で表現することを無意識のうちに選択しなければ意識はできないのです。

 まだ、信じられませんか?

 無意識の存在を証明するためによく紹介される実験があります。人間の左脳と右脳をつなぐ部分(のうりょう)が切断されている患者を使って、右脳だけに情報を入れるようにすると、言語を処理する左脳に情報が入らないために患者は右脳に入った情報を意識することができません。たとえば、左の目の視野に「笑え」という単語を示すと、(左右の神経が交差しているので)情報は右脳だけに届いて、その人は笑う。だが、左脳は自分がなぜ笑ったのか理由はわからないのです。

 ここまでの長~い話は、2つの結論で終わります。

 まず、第一に、マーケティング上の大きな失敗は、よくいわれるように「不可解な消費者」のせいではなく、「ヒューリスティック、とくに感情ヒューリスティックに左右される企業の意思決定者」のせいである場合が多い・・・ということ。そして二番目の結論は、意志決定者は自分自身の冷静な観察者であれ・・・というすごぶる常識的な内容です。自分が無意識のうちにヒューリスティックに決定を下す可能性の高いことを認識しながら、大きな決定をする前に自己チェックしてみることです。失敗を恐れて冒険するだけの価値あるリスクまで放棄しているのではないか?あの事業を買収したいのは、かつて自分をバカにした財界人をみかえしたいからではないのか? このプロジェクトを推進したいのは、前任者よりはずっと能力があると、上司や部下に印象づけたいからではないのか? 自分の失敗を認めたくなくて「泥棒に追い銭」的に無駄な追加投資をしようとしているのではないか?・・・・等々。

 残念ながら、ビジネスの世界では、エジソンのように、「ひらめき」が成功するまで一万回失敗することなど許されないのですから。

(不可解な消費者シリーズ第7回につづく・・・・)

参考文献:1,Alden M. Hayashi, When to Trust Your Gut, HBR Feb.2001, 2. Eric Bonabeau, Don’t Trust Your Gut, HBR May 2003, 3.「入れ替わっても『魅力的』」 朝日新聞12/23/07,4.「直感の仕組み、棋士と解明」日経新聞10/14/07

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