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不可解な消費者行動シリーズ

不可解な消費者行動シリーズ

第2回 失うことを恐れる消費者たち

2008 年 12 月 8 日

消費者は購買決定をするときに、選択肢それぞれの長所短所を比較分析して自分に一番利益をもたらしてくれるであろうものを選んでいるわけではない。ショッピングのたびにそれをしていては時間がかかりすぎる。

 経験とか習慣・常識といったようなものに基づいたヒューリスティクスと呼ばれる「簡単かつ迅速に意思決定できる便利な原則」に基づいて決めていることが多い。どうしてそう判断したかと問われると、「なんとなくそう思った」とか「ピンときたんだ」と答える。

 自動車とか住宅を買うような金額の大きなショッピングのときには、各選択肢の機能とか仕様とか、きちんと分析しているだろう・・・・と思うけれど、実際には、そうでもないらしい。一昔前の話だけど、松田聖子だって「ビビッときた」とかいって歯科医を再婚相手に選んだじゃないか。

 ああ、スミマセン。夫選びはショッピングとは違いましたね。でも、結婚をビジネス取引と同じだと考え、「ハッピーな関係を長い間維持するための秘訣は結婚生活もビジネスも同じだよ」という論文を書いたのは、現代マーケティングの基礎を築いたハーバード大学の故レビット教授ですよ。

 ・・・と、ここまでの話は、シリーズ第1回のまとめです。

 消費者の購買決定時におけるヒューリスティクスをいくつか挙げてみると、たとえば・・・・。

 *知名度が高い企業が販売している商品のほうが品質も良いはずだと判断する「再認ヒューリスティック」・・・・・・この判断はおおよその場合、適切でした。「でした」と過去形になっているのは、「不二家」「赤福」「吉兆」など歴史も長い著名企業の不祥事が続いているから。一流企業、一流ブランドというキュー(手がかり情報)だけで購買決定をすることは、もはや、最適な判断とはいえなくなってきているかも?

 *値段の高いほうが品質も良いだろうと判断する「安かろう悪かろうヒューリスティック」の逆ヒューリスティック・・・・・このヒューリスティックを利用して、高級ブランドの場合はとくに、粗利益率に関係なく値段を高めに設定する。高級イメージをアピールする商品の値段を決める会議でよく出てくるセリフは、「余り安すぎるとイメージが悪くなる」です。

 *手に入りにくければにくいほど価値が高いと判断する「希少価値ヒューリスティック」・・・・「限定販売」とか「残り僅か」とか「生産個数が限られておりますので早目にお申し込みください」という広告コピーは、このヒューリスティックを念頭に書かれている。

 心理学者のなかには、シリーズ第1回に登場したドイツのギゲレンツァー教授のようにヒューリスティクスはおおよそ適切な結果をもたらしてくれる・・・とその効率性を強調する者もいる。が、反対に、その悪い面を強調するひともいます。

 心理学者のアモス・トヴェルルキーとダニエル・カーネマンは、ヒューリスティックな意思決定から生まれる判断の誤り(認知バイアス)について1974年に論文「不確実性下での判断:ヒューリスティクスとバイアス」を発表。そこで、人間が自分の利益を最大化するための合理的行動をとっていない例を紹介し、人間の意思決定プロセスは伝統的経済学の合理的選択理論とは異なることを主張した。

 なぜ、人間は、そういった非合理な行動をとるのか? 

 トヴェルスキーとカーネマンは、人間が論理的につじつまが合わない意志決定をするのはよくあることで、伝統的な経済学が主張するように例外的な現象ではないと考えた。そして、そういった意思決定プロセスに一定のルールを見つけて、1979年に論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」を発表した。

 合理性からの乖離にシステマティックなパターンがあることを証明したプロスペクト理論は、経済学者たちにも大きな影響を与え、心理学者のカーネマンは2002年にノーベル経済学賞をもらっている(トヴェルスキーは96年に59歳で亡くなっているので、ノーベル賞は受賞できなかった。やっぱり、「死ねば死に損、生きれば生き得」だよね。生きていても賞などもらえる見込みがないとしても、お互い、長生きはしましょう)。

 プロスペクト理論は、心理学と経済学とが融合した行動経済学の始まりを象徴する論文だ。この論文が証明したもっとも重要なこと・・・として、カーネマン自身が挙げているのは、人間の行動には「損失回避性 Loss Aversion」があるということだ。

 人間は損失を同額の利得より大きく評価する。同額の損失と利益があったなら、損失から得る不満足のほうが利益から得る満足より大きく感じられるということだ。つまり、同じ100円でも、道端で100円拾ったときの快感と、どこかで 100円落としたときの不快感とを「満足感」で測定すると、損失のほうが利得よりもずっと大きく感じられる(カーネマンによると2倍から2.5倍も大きく感じられるそうだ)。

 人間は損失により敏感だ。

 このことは、お金だけでなく、商品の品質にもいえる・・・という最近の調査結果がある。

 日用雑貨品や家電など46カテゴリーで241種類の商品の12年間にわたる追跡調査によると、品質が変化しても(向上する場合も下がる場合においても)、消費者のその商品に対する意見は一年目には特筆するほどの変化を示さない。だが、二年目くらいから品質の変化を知覚するようになり、消費者が知覚する品質が実際の品質と同レベルになるには平均して5年から7年かかる。この年数は、商品タイプ、ブランド力、購買頻度によっても異なる。たとえば、タイヤは9.5年、冷蔵庫は7.1年、練り歯磨きは3.9年だ。

 注目すべきことは、1)品質の低下は品質の向上よりも早く、かつ大きく知覚されること、2)例外は、評判の良いブランドで、この場合は、品質の向上は評判の低いブランドよりも3年早く知覚され、品質の低下は一年遅く知覚される。

 これはアメリカでの調査報告だから、商品の入れ替わりの早い日本では、年数はもっと短くなるかもしれない。しかし、この調査が示す傾向は、日本のメーカーが小売店のPB(プライベート・ブランド)への対策を考えるときに役に立つかもしれない。

 日本でも大規模小売店が粗利益率の高いPBの比率を上げる方針を進めている。総合スーパーのイオンなどは、食料品や日用雑貨品だけでなく、家電製品でも三洋電機と手を組み、2008年には家電売上の30%をPBにすると発表した。

 こういった小売店PBに対抗して、メーカーは、1)品質が低下してもそれを消費者が知覚するのにある程度の年数がかかることを考慮して、数を減らしたりサイズを小さくしたりするのではなく、知覚しにくいところで品質を落とし値段を上げない方法をとる。あるいは、反対に、2)ブランドイメージが高い商品であれば、品質をもっと高いものにして(たとえば、環境に配慮する)、そのぶん値段を上げる方法もある。  

 いずれにしても、マーケティング戦略を決めるときは、人間は損失をこうむることを極端に嫌うことを考慮にいれなくてはいけない。「損失回避性理論」から発展して、人間には「現状維持バイアス」があるとも証明されている。現状からの変化は悪くなる可能性も良くなる可能性もある。その場合、人間は悪くなる可能性を恐れて、現状がよほどイヤでない限り現状を維持しようとする・・・というものだ。

 ケータイ電話サービスにおいて番号継続制が始まって一年。この間の乗換え率が3%にとどまったのは、手続きの煩雑さや手数料支払いという障害以前に、「現状維持バイアス」が働いたからだと考えられる。

 カーネマンは雑誌のインタビューに答えて、「人間は今もっているものを失うことに恐怖心を感じます。たとえ、その可能性の確率が非常に低くとも、可能性があるというだけで恐れをいただくのです。そして、その恐れの感情が論理的思考を妨げるのです」と語っている。   

(不可解な消費者行動シリーズ第3回に続く・・・・・)

参考文献:1.Erica Goode, A Conversation With Daniel Kahneman;On Profit, Loss and the Mysteries of the Mind, New York Times, 11/5/2002, 2.Debanijan Mitra and Peter N. Golder, How Does Objective Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Long-TermEffects, and Asymmetries, Marketing Science, May-June 2006,3.Michael Schrange, Daniel Kahneman:The Thought Leader Interview, Stragety+Business, Winter 2003,3.多田洋介(2007)「行動経済学入門』日本経済新聞社、4.友野典男(2006)「行動経済学:経済は感情で動いている」光文社新書

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