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マーケティング NOW 2011

マーケティング NOW 2011

NOW6 観光客を呼びもどすリカバリー・マーケティング(「日本」というブランドは原発や余震に勝つことができるのか?)

2011 年 4 月 28 日

 日本にやってくる外国人の数がへっています。3月に来日した外国人は約35万人。昨年3月に比べて50.3%もの減少。過去最大の落ち込みです。

 日本は観光立国をスローガンにして政府が積極的な誘致政策をとり、2010年には過去最高の861万人が来日しました。せっかく効果がみえてきた矢先だったのに・・・。地震、ツナミ、原発で、世界一「安心・安全な国」というイメージがくずれてしまいました。

 「日本全体が放射能に汚染されている」とか「日本全土がツナミの被害をうけた」と誤解されている・・・と嘆く観光業者のかたがいます。が、まちがったイメージをもたれて苦労した観光地は世界中いたるところにあります。たとえば、最近の例ではアメリカ南部のニューオリンズ市。

 2005年4月にハリケーン「カトリーナ」によって大きな被害を受けたニューオリンズは、アメリカで人気No.6に輝く観光地で、観光収入は50億ドル(4900億円)。観光産業に8万人が従事して年間100万人の観光客が訪れていました。ところが、TVニュースで被災地の痛ましいシーンが何度も何度も放映された結果として、観光地区自体はそれほど被害もなく、かなり短期間のうちに観光客をむかえる準備ができたのにもかかわらず、「ニューオリンズは壊滅的ダメージをうけた」というイメージができあがってしまいました。

 ハリケーン襲来後7ヶ月たった2006年3月に調査をしたところ、アメリカ市民の22%が「ニューオリンズはまだ水につかっている」と答え、14%が「飲み水や空気が汚染されている」・・・と答えています。

 観光客の数が災害以前のレベルにもどるのには5年かかりました。それでも、観光名所であるフレンチクウォーターにある有名ホテルの支配人は、2009年の雑誌インタビューで、「いまでもニューオリンズはまだ水につかっているなんてバカげた思いこみをしている人が多い」と嘆いています。

 国内でもそういった誤解が生じるのですから、いわんや、海外においてをや・・・・です。

 リカバリー・マーケティング(Recovery Marketing/非常にネガティブな状況や出来事によって失われたものを回復するマーケティング)は、観光業だけに利用されるわけではありません。トヨタ自動車は北米でアクセルペダルの問題で大規模リコールをせざるをえなかったあと、失墜したブランド・イメージを取り戻すためにリカバリー・マーケティングを採用しました。

 観光客のリカバリーを考えるときに重要なのは、観光ビジネスは「パーセプションがすべてだ」ということです。パーセプション(Perception)、つまり、知覚。日本とか東京とか九州とか北海道が、どういったところだと(感覚的にあるいは直感的に)感じられているか?・・・ということです。そして、残念ながら、自然災害、伝染病、テロ事件を報道するメディアは恐怖や不安といった強い感情をひきおこし、こういったネガティブな感情がともなう記憶は長い間保存される傾向があるのです。そして、その記憶が消えないかぎり、その場所に旅行にでかける気分にはならないのです。

 ですから、できるだけ早く、新しいポジティブな情報を提供することで、ネガティブな情報を消し去る・・・それがまだできないなら、少なくとも薄める必用があるのです。

 同時多発テロのニューヨーク、インド洋ツナミのモルディブ、洪水とサイクロンのオーストラリア・・・こういった国や市の観光庁、自治体、観光振興団体は、1)海外での広告・広報・販促活動、2)外国政府や海外の旅行代理店と面談して協力を依頼・・・といった基本的対策をまずとりました。日本の観光庁も同じような対策をとる予定です。

 広告・広報・販促活動で大切なことは感情にアピールすることです。パーセプションは感じることです。多くの国や市は、まず最初は、以前も旅行してくれたことがある客にターゲットをしぼって、そのひとたちの感情にアピールするキャンペーンを実行しています。

 たとえば、ニューオリンズのリカバリー・キャンペーンの広告のコピーは、「もう一度、ニューオリンズと恋におちてみませんか」、あるいは、「ニューオリンズは、いまでも、あなたの想い出そのままです」。そして、ニューオリンズゆかりのジャズ歌手や著名シェフ、俳優が広告に登場しました。「ニューオリンズに行ってあげなくちゃいけないなあ(同情、罪悪感、共感)」とか「あのときは楽しかったなあ(郷愁)」と感じさせる。感情にアピールする広告です。

 4月16日、中国の旅行代理店としていちはやく日本行き旅行ツアーを再開した会社があります。香港のEGLツアーです。25年前に創業してから日本専門で成長してきたそうです。この会社が「いまこそ、恩返し、日本へ行って励まそう」ということで、沖縄や大阪向けのパッケージツアーを通常の半額以下の格安料金で販売し、予想以上の客を集めたそうです。恩返しをするという社長の気持ちが、香港のひとたちの感情にもアピールしたのかもしれません。このツアーには、「旅行中にマグニチュード6以上の地震が発生した場合、旅行代金を全額払い戻す」というオファーもついています。西日本でM6以上の地震がおきる確率は低いでしょう。でも、「日本全土に余震が発生している」と危惧するひとたちの不安を払拭させ、「じゃあ、でかけるか」と動機づけるすばらしいアイデアです。

 感情にアピールするという点で、「ワザあり」と感心してしまうのは、2001年の9.11同時多発テロ後のニューヨーク市のリカバリー・マーケティングです。

 事件直後の一週間、ホテルの客室稼働率は40%にまで落ち込み、10月には観光業に従事するひとたち56000人が失職しています。ニューヨーク観光局は、ターゲットをまず国内市場にしぼり戦略を考えました。アメリカ一般市民に発信するメッセージは4つです。

1. ニューヨークは通常どおりです・・・・証券取引所は4日間閉鎖したが、ブロードウェイは翌日の12日から営業。だが観客がいない劇場では「通常」にみえない。NY市は5万枚のチケットを買い上げ、市内の店舗で500ドル以上購買した客に贈呈するようにした。 ショッピングするインセンティブにもなるし、ブロードウェイの景気づけにもなった。
2. NYは安全です・・・・警官や武装したテロ対策部隊を市民の目につくような繁華街に配置して、「自分たちは守られている」と市民や旅行者が安心を感じられるようにした。
3. NYを応援する一番の方法は遊びに来てくれること・・・・雑誌や新聞に掲載した広告は愛国心にうったえるもので、コピーは「NYを愛するひとたちは、遊びにきてくれるだけで、NYを応援してくれることにつながります・・・・・いっしょに、アメリカ魂がテロなどに打ち負かされることなどないことを証明しましょう」。 
4. いまNYにくれば良いことがいろいろあります・・・・NY市とアメックス、コカコーラ、地下鉄などが協賛して、ホテル宿泊、ブロードウェイ・チケット、食事券、地下鉄周遊券、それにテロ犠牲者基金への寄付をふくめた割安な旅行パッケージを用意した。また、145件のレストランが協賛して、有名な一流レストランでも割安の定食を食べられるめったにないチャンスを提供した。

 日本でも、日本人向けには、こういった愛国心や国民としてのつながりを強調するキャンペーンが効果を発揮するはずです。「震災発生からの一ヶ月間、日本全国のホテルや旅館の予約キャンセル数は延べ56万人です。・・・・被災地の復興のためには日本経済を復興させなくてはいけません。被災地を応援するために、旅行をしてください」という論理です。

 しかし、この論理は海外の観光客には通用しないでしょう。

 しかも、日本は、ニューヨークやニューオリンズといった事例とは比較できないほど厳しい状況にあります。東日本には余震もつづいているし、原発の問題もある。悪いことは完全に終わったわけではなくて、いまだ「進行形」なのです。こういった状況を考えたうえで、いくつかのアイデアがあります。

1. 仕事だったら不安でも来る・・・遊びにくるのはいやでも、仕事だったらきます。 2005年のロンドンでのテロ爆破事件のあと、最初に戻ってきたのはビジネス客です。日本にいま起こっていることは、近代先進国家がいまだかつて経験したことがない未曾有の状況です。誤解を恐れずにあえて言えば、いま日本に起こっていることを仕事に関連して研究したリ目撃・調査したい外国人はたくさんいるはずです。国際会議の中止もあいついでいますが、「世界建築会議」は予定通り9月に東京で開かれるそうです。「地震と建築」をとりあげたプログラムを加え、被災地視察の可能性も考えているそうです。私たちの経験を海外とわかちあう姿勢があれば、テーマによっては、自分の不安よりも仕事優先で来日する人たちをふやすことができるはずです。素人の私が考えるだけでも、建築・土木、地震や原発関連、心理学や人類学を含む社会科学系・・・・関心を持ってもらえるテーマはもっとあるはずです。
2. 復旧・復興に外国政府や外国企業をまきこむ・・・・原発ひとつをとっても、汚染除去にフランスのアレバ社、無人探索ロボットにアメリカのアイロボット社の協力を依頼した。海外の企業の協力を頼めば、海外のメディアは日本での記者会見とか作業の様子をニュースとして流す。復旧・復興においても、外国企業や外国建築家とかデザイナーをまきこめば、その国のメディアは復興の様子を放映してくれる。それによって、正しい情報を海外に送りつづけることができる。そして、また、日本に関心をもちつづけてもらうことができます。
3. ターゲット市場で有名なセレブが日本の観光地を楽しんでいる様子をメディアに取材してもらう(ただし、ヤラセになるので、セレブにはお金を払ってはいけません。あくまでボランティアで登場してもらう)。ニューヨークのヤンキースは、9.11後、当時チームメンバーだった松井選手に、「ニューヨークにきてください」とメディアを通じて日本によびかけてもらった。その効果はすぐに出て、日本人の観客がもどってきたと言っています。
4. 海外のメディアの人たちを宣伝したい現地に招待するのは非常に効果的な方法です。2011年1月に洪水とサイクロンにみまわれたオーストラリアのサンシャインコーストは、50万ドル(4000万円)かけて、3月に、50人の海外や国内のメディア(旅行ライター、ジャーナリスト、ブロガーなど)に現地に集まってもらいました。サンシャインコースはすっかりもとどおりになっていることを自分たちの目で見てもらい、それを広く伝えてもらうためです。
5. 日本在住の外国人にブログ、ツイッター、フェイスブックで、「日本は安全」という情報を発信してもらう。日本にきている外国人旅行者に、「北海道の景色は言葉では表現できない!」とか「別府温泉って最高!」と発信してもらう。そのためには、発信すれば旅行中にインセンティブがもらえるような仕組みをつくる
6. 割安感やお得感を感じられる料金設定は必要でしょう。でも、価格だけが重要というわけではありません。キャンセルや予約変更が前日や当日でも制約なくできるというオファーも、「もし何か起こったら?」といった客の不安を解消してあげることができます。ニューヨーク市がしたように、業界関係者と協力して、なるべく多くのサービスをパッケージにして販売する。パッケージ全体として割安感があっても、各サービスの提供者には損失がでないように工夫する方法もあります。
7. こんなときに来てくれた感謝の気持ちを表すサンキュー・ギフトを渡したり、(ハワイでレイをクビにかけるように)従業員全員正座して床に手をついて日本式のお辞儀するなど特別のウェルカムの表現をする。驚くくらいの(でもお金はかからない)待遇やサービスをすることは、客が帰国したあとのクチコミ効果を考えると重要です。
8. メディアを敵とみてはいけません。悪く書いたりセンセーショナルに報道するメディアは必ずいます。でも、だからといってメディアを避ければ、コミュニケーション手段を失います。メディアは自分たちの協力者であり味方だと考えて辛抱強くつきあわなくてはいけません。

 東日本には、まだ、観光庁が国家予算をつかって積極的な誘致活動ができない地域もあります。でも、私たちにはソーシャルメディアがあります。ネガティブなイメージが記憶として長期保存される前に、なるべく早く、消し去っていかなくてはいけません。ですから、東北新幹線が再開通してみんなが喜んで乗車している映像、東京の繁華街の様子、サッカーや野球場の様子、海外からのアーティストが演奏するコンサート会場の様子・・・こういった映像を日本語だけでなく、外国語に翻訳して発信する。そこに、「日本に来てくれることが、日本を応援することになる」といったような共通テーマ・コピーをいれるのもグッド・アイデアです。

 サンシャインコーストに近いブリスベーン市は洪水で大きな被害をうけました。でも、復旧後すぐに、「We are open!  みんながきてくれるのを待ってますよ!」というメッセージを海外や国内にたからかに宣言するためのTVコマーシャルをつくりました。60年代のビートルズのヒット曲「カム・トゥゲザー Come Together」がバックに流れる「Together Brisbane」というテーマのTVコマーシャルです。そして、このテーマで、市民だれもが好きな広告をつくり、キャンペーンオフィシャルサイトにアップロードすることができるようにしました。

 私たちも同じようなことができます。「日本に来てください」をテーマにサイトをつくり、全世界の誰もが参加して、広告をつくりアップロードすることができるようにします。そして、みんなで投票をしてどれが今月の1位かとか決めるのです。話題性をだすために、1ヶ月間の集計で、1等賞は日本への旅行というのもありでしょう。(この方法は、九州だけとか北海道だけに限って実行することができます)

 「人のふりみて我がふりなおせ」とはよく言ったものです。わたしたちもインド洋ツナミといえば、よく調べもしないで、モルディブに旅行になんかいけなと思いこんでしまいました。BSEが発生すると、「オタクの基準はそうかもしれないけど、日本の基準はこうなんだから絶対に輸入できない」と、頭からはねつけていました。中国で食品汚染の問題が出ると、すべての中国食品はダメだと買わなくなりました。

 余震や原発があるからと外国人がこなくなったときに、コンサートをキャンセルしないできてくれる外国人アーティストの心意気には感動します。他国が困ったときの援助の方法にはいろいろあることを実感しました。義援金だけじゃない。その国に行ってあげること、その国のものを買ってあげること・・・・。

 わたしたちは、いまの困難を乗り越えたときに、他国の痛みがわかり、他国が一番してほしいことを理解できる、心の豊かな国の民として、より一段と成長しているでしょうか・・・・。

参考文献: 1.「格安ツアーで恩返し」朝日新聞4/14/11、2.「原発・余震・外国客二の足」朝日新聞 3. 香港からのツアー再開、日経新聞 4/17/11,3.Gil Rudawsky, Five Years after Hurricane Katrina, New Orleans Tourism Rebounds, Economy 8/27/10, 4.Lisa Martin, Together Brisbane TV advertisement aims to showcase sexy city after floods, News.co.au. 4/20/11, 5. Eric C. Schwarz, The Role of Recovery Marketing to Recapture a Sport market over the Past Decase: From Travel and Tourism to Professional and Amateur Sport Business, Journal of Applied Marketing Tehory Vol1 No.2 October 2010, 6. Dr. David Beirman and Adrian Caruso,Tourism Crisis Recovery Guide, TA Fasttrack

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